2010年8月2日月曜日

夏期学校(3)

楽しいバーベキュー みんなおなかいっぱい食べました。
キャンドルライトサービス 前の晩にイエス様の生涯の
ビデオを見ました。みんなイエス様の力ある「きせき」を見て
イエス様ってすごいな、『僕信じる』『わたしも』と大きな感動を
与えられたことでした。そんな思いをかみしめながら、決心を書いたカードを
神様にささげました。
神様、子どもたちの思いを受け入れて下さったことを感謝致します。雨の合間を縫って、ハイキングウォーキング、
『どうか、ハイキングに行けますように』とみんなでお祈りしました。
神様お祈りに答えて下さって有難うございます。
帰ってきたら、しばらくしてまた雨が降り始めました。
雨が降っても、ハレルヤ! です。最後の集合写真。レオンも一緒、 山想の皆さんお世話になりました。
また来年も来たいです。
全員元気に終えることが出来ました。
イエス様沢山のお恵みをありがとう。

夏期学校(2)

神様は一人一人を愛して下さって、この夏期学校に招いて下さいました。
これなかったお友達もいますが、その一人一人の上にも
神様の祝福がありますように、祈りました。
今年のテーマは
『イエス様のきせき』
暗唱聖句・聖書箇所 ヨハネの福音書 11:25
わたしはよみがえりです。いのちです。
わたしを信じる者は、死んでも生きるのです。








夏期学校(根子岳山想)にて(1)

今年も阿蘇根子岳山想にて、夏期学校、参加した18人の子どもたち、
よく食べ、よく学び、よく遊んだ。
因みに教師は10名でした。
先生方の寸劇も、なかなかのもの

みんな元気に賛美
初めての子どもたちもすぐに覚えて、大きな声で賛美

2010年7月20日火曜日

学園教会献堂式

日本ナザレン教団学園教会
ウィリアム・A・エコール記念会堂献堂式
7月19日(月)午後2:00~
司式 学園教会牧師 久米淳嗣師 
祝辞 宣教百周年記念会堂建築委員
北村篤生師(中野教会牧師)
日本ナザレン教団 関東地区幹事
江上 環師(青葉台教会牧師)

説教 『21世紀を拓く使命ーー先達の働きを次代に繋ぐ』
マルコによる福音書 16:15
日本ナザレン教団 理事長 松田基子師(呉教会牧師)


大勢の人が、お祝いに駆けつけた。


2010年7月18日日曜日

響2歳の誕生日

今日は、響の2歳の誕生日
レーレからのプレゼントに上機嫌
レーレ!ありがとう!!人遊びした後は、食欲旺盛、黙々と口に運ぶ、
末恐ろしや!!

ああ!!おなかいっぱい、小鉄とちょっと一休みのお兄ちゃん(聖音)
ハピバースディ ツ ヒビキ
二本のろうそくを吹き消します。
今日まで、神様の守りがあったことを、心から感謝。
これからもますます、神と人から愛される子どもとして
元気に、育ってほしい。
僕モウ待てません。

10,7,12CS礼拝風景

去る7月12日、CS(教会学校)礼拝の風景
この日は、元CS教師の、福江キヨ子姉が、お話をして下さった。

ヨハネの福音書1章17節から
『すばらしい招待状』と題して、わかりやすい例話を用い、
その例話は、二通の手紙、一通には、
『是非一度遊びに来て下さい。お待ちしています。』
お手紙をもらったら嬉しいですよね。
もう一通の手紙には、
『是非一度遊びに来て下さい。お待ちしています。』そして
その手紙と共に、電車賃が入れてあった。
「さあ、皆さんはどちらの手紙がいいですか?」
神様は、私たちに神様を信じるようにと、言っています。
だたそう言っているだけではなく、私たちのために
イエス様を与えて下さいました。
聖書は神様から私たちへの『すばらしい招待状です。』と


みんな一生懸命聞いています。
素直な心で、イエス様を信じ、楽しい人生を
歩んでほしいと願い、主の御名で祝福し祈ります。
CS礼拝の後、公同礼拝において、賛美のプレゼント。
礼拝に来られた、大人の人たちは、楽しそうに手拍子をし、
共に、神を褒め称えました。
将来の、教会の聖歌隊のメンバーです。
信じて期待します。

2010年6月14日月曜日

聖潔派聖会Ⅲ

第三回聖会
司会:柴崎美智子先生(ホーリネス教団・熊本教会)

賛美の奉仕は、熊本ナザレン教会信徒
清水香織姉&福田恵真姉
素晴らしい賛美(演奏)でした。聞けないのが非常~~に残念。 第三回聖会は
創世記32:6~13,22~32
「ヤコブの神、『わたしはあなたをしあわせにする』と仰せられる神」
ヤコブは、杖一本を持ってヨルダンを渡った(10節)。
しかし今は、二つの宿営を持つようになった。そのようなヤコブが、
「私の父アブラハムの神、私の父イサクの神よ。かつて私に
『あなたの生まれ故郷に帰れ。私はあなたをしあわせにする』
と仰せられた主よ。」と主の約束のしあわせを求めたのは、
決して「物質的なしあわせではなかった」
ヤコブが求めたしあわせは、兄エサウとの和解であった。
兄をだました仕返しに殺されると思っていた彼は、いつもそのことで怯え
一時も平安がなかった。平安がないと言うことは不幸である。
従ってヤコブの求めたしあわせは、兄エサウとの和解であったのだ。
しかし、いざ兄に会う時が近づくと、その恐れはピークに達した。
彼は一群の最後部にいたのだ。
そして彼は、家族や奴隷たちがヤボクの渡しを渡った時、
一人だけ、後に残った(24)。
すると一人の人が現れて、二人は夜明けまで格闘した。
ヤコブは再び主に出会った。
「あなたはもうヤコブではない。イスラエルだ。」
彼は第二の転機を経験した。
※ インフェクティブ・サンクテフィケイション ※
実質的、実行的聖化
この後は、箇条書きになるがお許し願いたい(中出)。
アダム以来の罪の性質と、自分の過去の生き様の中で、
現れた罪の傾向性(弱さ)=金銭問題・異性問題・権力欲等々
人によってその傾向は異なる。
そうした中で、主の前に更なる転機を迎える。
これは第三の転機とは言わない。信仰生活の中でのプロセスとして
斬新的聖化・一歩一歩の歩みの中で経験する聖化
生涯的聖化と言える。
ひとり残って、神の前に立つ(戦う)
神の約束を求めて戦うのである。
主は、「あなたをしあわせにする」と仰ったのだから。
※ 平位先生が仰ったこととずれがあったならお許しいただきたい。※
インマヌエル綜合伝道団
元ジャマイカ宣教師
元インマヌエル聖宣真学院・院長
平位全一先生